厳密には地球が太陽を周っているわけではない/相対性理論と地動説・天動説

学校教育は意図的に省略する

学校教育では、意図的に内容を省略して教えている事が多々ある。

例えば、中学校や高校くらいまでは質量保存の法則が成り立つと教えられるが、厳密に言えば質量保存の法則は成り立たない事を大学では習う。
他にも中学校・高校では電子の質量をゼロだと教えるが、これも厳密に言えばゼロではない。
他にはプランクトンもそうだ、学校教育ではプランクトンと言うと、顕微鏡を使わなければ見えない程極微小な生物だと思われがちだが、実際には異なる。

この様に、学校教育ではそれを説明しようと思うと大学レベルの知識が必要になってくるため、小中高までは意図的に内容を省略して教えているというものが多々ある

地球が太陽の周りを回っているは厳密に言うと間違い

学校教育では、太陽が太陽系の中心にあり、その太陽の周りを地球が回っていると説明されるがこれは厳密に言えば誤りである。

引力は常に相互的に作用するのだから、太陽が地球を引力によって引き寄せていると同時に、地球も太陽を引力によって引き寄せている。
だとすると、厳密に言えば地球と太陽の共通重心があり、共通重心を中心としてお互いがお互いに周りあっていると考える方が正確には正しい

例えば、二人でスケートリンク場にでも行ったとする。
そこで二人を紐で繋ぎ、勢いをつけて回転してから尻餅をついたとする。
この時、二人の体重が同等である場合、二人は紐を中心にして回るはずである。

もしこれが、仮に片方が成人(60kg)と子供(20kg)だった場合、共通重心は成人側に偏るが、やはり完全に成人側を中心にして周る事は無い。
これが相撲取りの様な巨漢(300kg)と子供(20kg)であれば、ほとんど相撲取りを中心にして回転しているように見えるだろうが、それでも完全に相撲取りを中心にして回りはしない。

要するに、太陽と地球の場合もそれと同じである。
太陽と地球の共通重心があり、その共通重心を中心にして太陽と地球がお互いがお互いに周りあっていると解釈する方が厳密には正しい。

ただし、地球と太陽とでは質量にあまりにも差がありすぎる事から共通重心はほとんど太陽側に寄ってしまっているため、概ね太陽を中心にして地球が回っていると言っても大きな間違ではない。

だから、学校教育ではその辺りの共通重心の話を意図的に省略して教えている。

そもそも速度とは

そもそもの話として「速度」という概念は意外と複雑だ。

例えば、車が時速100km/hで走っていたとする。
この100km/hという言葉の意味は、1時間で100km進むという意味である。
更にもっと厳密に言えば、この1時間で100km進むというのは「対地速度」である。
要するに、地球上の地表の速度を0と仮定した場合の地表との相対的な速度差の事である。

だが、宇宙空間ではどうだろうか。
宇宙空間ではこの様な速度の基準とすべき点が存在しない。
だから、例えば2つの隕石が正面衝突するコースで飛んでいたとする。
2つの隕石は相対速度が100kmあるらしく、100kmの速度で衝突したとする。

この場合、どちらの隕石が動いていてどちらが止まっていたのか、あるいは、隕石Aが30km/hで動いており、隕石Bが70km/hで動いていたのか、それとも隕石Aが45km/hで動いていて隕石Bが55km/hで動いていたのだろうか。

宇宙空間では速度の基準となりえるものが存在しないため、絶対的な速度を考えるのは意外と難しい

宇宙空間は速度の基準になるものが無い

絶対的な速度の基準に成り得るものは、唯一「光」だけである。

ここで面白いのは、どの様な速度で動いている観測者であれ、必ず観測者からは光の速度が一定に見える、という事である。

ここで、先程の隕石の話に戻ろう。
完全に正面衝突するコースにおいて2つの隕石が相対速度100km/hにて動いていたとする。
この時、隕石Aがもし仮に30km/hで動いていたとすれば、隕石Bは隕石Aから見て70km/hで動いている様に見えるはずである。

ところが、光はそうではない。
光は「観測者がどの様な速度で運動していたとしても、観測者から見た光の速度は常に一定」なのである。

先程の例で言えば、隕石AとBが 正面衝突コースで相対速度100km/hで動いており、隕石Aが30km/hで動いていて、隕石Bが70km/hで動いているにも関わらず、隕石Aから見て隕石Bが100km/hで動いている様に見える、というような意味不明な状況が起きるという事である。

唯一の絶対的な速度の基準は「光」

100km/hの様に、速度というものは常に「距離/時間」によって表される
という事は、速度を速くする方法は大きく分けて2種類あり、分子を大きくするか、分母を小さくするかである

つまり、観測者がどの様な速度で動いていたとしても、光の速さが常に一定に見えるという事は、即ち観測者の移動速度が速くなればなる程観測者自身の時間の流れが遅くなっているという事である。

例えば、観測者が光速の90%の速度で移動していたとする。
この場合における観測者の時間の流れが光速に対して0%の速度で静止している観測者に対して時間の流れが1/10になっている、と考えれば、観測者がどの様な速度で移動していたとしても常に光が一定の速度で移動している様に見えることに対して説明が付く。

これを光速度不変の原理と呼ぶ。

天動説と地動説

ガリレオ・ガリレイが地動説を証明したと間違って覚えている人は沢山いるが、ガリレオは地動説を証明していない
あくまでも単に地動説という説の一つを提唱しただけである。

何故なら、天動説でも天体の動きは合理的に説明できているし、そして上記の通り、宇宙空間ではどちらが動いていてどちらが止まっているかを判断するための基準が存在しない。

そうである以上は天動説だろうが地動説だろうが、天体の動きを正しく説明できている以上はそれを否定する根拠が見つからない。

天動説は宗教だとこれも誤って覚えている人が多い、そしてそれは部分的には間違いではなく、西洋では長らくアリストテレス絶対主義が続き、そしてそのアリストテレスが天動説を提唱していたものだからその考え方が西洋に定着していたのは間違いない。
だが、それも全くの根拠なしに盲信されていたわけではなく、科学的な根拠に基づいて支持されていた事を忘れてはならない

そして天動説と地動説、そのどちらでも天体の動きを正しく説明できるとなれば当然、地動説と天動説のどちらが正しいかという議論は混迷を極める

どちらも実際の観測結果とズレる

しかし、更に天文学の研究が進んでいく内により一層謎が深まる事になる。
天動説も地動説も、どちらの理論も実際の観測結果とはズレていたのである。

何故理論値と実測値がズレるのか、その理由の解明に多くの学者が挑むこととなり、その結果として発見されたのが「光行差」である。

光行差というのは、すべての天体が地球の公転方向にズレて見えるという現象である。
これは例えるなら雨の日に自転車・車・列車等何かしらの乗り物に乗って移動した際に雨粒がどの様に動いて見えるかというのと原理的に同じである。

もちろん、雨は風が吹いていない限りは地面に対して垂直に落ちる。
だが、その地面に対して垂直に落ちる雨の中を移動すれば、雨は斜めに降っている様に見える。

要するに、天体間においてもそれと同じ現象が起きるのである。
これが地球が動いている証拠であると同時に、光の速度が有限であることの証明でもあった

光を基準にする

更に研究が進むと、光を基準にして地球が動いている速度を割り出す方法が考えられるようになる。
宇宙マイクロ波背景放射といって、恐らくは宇宙が誕生した最初期の頃の光と思われる光が地球に対して全方位から飛んできている事がわかっている。

そして、その光がどれだけ赤方偏移を起こしているかを観測することによって地球の絶対的な移動速度を割り出すことが出来る。

赤方偏移とは、光のドップラー効果の事である。
救急車が近づいてくる時には音が高くなるように聞こえ、遠ざかるに従って低音になるのと原理的に同じと言える。

光も音と同じく波の一種である事から光にもドップラー効果が起きるのである。
そしてその、ドップラー効果の発生度合いを調べることによって、地球が宇宙マイクロ波背景放射の中をどの方向にどの程度の速度で移動しているかを計算することが出来るようになる。

これによって初めて地球の宇宙空間における絶対速度は約370km/sだと判明する

参考動画

これなんかは非情に直感的にわかりやすく解説していて良く出来てると思う。