経営理念

知識の暴食

弊社の基本的なpolicyは『知識の暴食』と言えます。

Giftedはその高い知能から基本的に知識欲が旺盛で、知識を貪欲に獲得していきます。

しかし、その高すぎる記憶力からGiftedが知らない知識に巡り合うことは中々難しいというのも現実です。

何故なら、Giftedはその知識欲と高い記憶力からこの地球上の大概の知識は既に知り尽くしているからです。

故に、Giftedが求める知識に巡り会える事は難しい。

私自身も子供の頃から学校の授業は簡単すぎてつまらない、相手に合わせて相当レベルを落とさないと周囲の人間と会話が成立しないといった経験をずっとしてきたため、はっきりと断言して私にとって人生とは実に退屈なものでした。

その様な経験を私自身が身を持って味わってきた事からGiftedが常日頃どれだけ退屈でつまらない思いをしているかという事をよくよく知り尽くしています。

だからこそ、私は私と同じ境遇のGifted達に退屈を味わせたくないのです。

常識とは18歳までに身に付けた偏見のコレクションの事を言う

更に言えば、日本はその何でも人と同じでなければ気がすまない横並び精神から基本的に多様性を認めない価値観が強く、Giftedが非常に受け入れられにくい環境が出来ています。

特に、Giftedはその知識の幅の広さから価値観の多様性を理解している事が多く、その価値観の多様性から凡人とは決定的に異なる考え方を持っている事が珍しくありません。

もっと言えば、そもそも凡人と同じ程度の考え方しか出来ないのであればそれはそもそもGiftedであるとは言わないのです。

常識とは18歳までに身に付けた偏見のコレクションの事を言う

アインシュタインの名言です。

Giftedであればこのアインシュタインの名言に共感できるでしょう、凡人にはアインシュタインが何を言っているのか良く分からないかもしれません。

価値観の多様性を実用する

もっと実践的に言っても、会社の経営をする上でも価値観の多様性を理解していなければ様々な弊害が起こります。

例えば、以前に私が見たことのある実例として自然をこよなく愛し、自然が大好きな経営者が存在しました。

この経営者はモンゴルという国が自然環境保護において世界でも先進的でモンゴル人は自然主義的な価値観が強いという話を聞き、これによってモンゴルに興味を抱いたらしく、モンゴルに出張して現地人と商談を行いました。

ところが、その経営者はモンゴルで詐欺に遭い、4000万円を失ったらしく大変憤っているのです。

しかし、これは私から見れば明らかにこの経営者が無能と言う他ありません。

何故なら、モンゴル人にはそもそも詐欺が悪いことだという価値観は存在しないからです。

では、何故モンゴル人は詐欺が悪いことだという認識が存在しないのでしょうか。

それはモンゴル人は自然主義的な価値観が強いからです。

だとすると、そもそも何故自然主義的な価値観が強いと詐欺が悪いことだという認識が発生しないのでしょうか。

冷静に考えても見てください。

自然界ではクモは蜘蛛の巣という罠を張って獲物を待ち構えるという事が極当たり前に行われます。

熊だろうがライオンだろうが、足音を完全に消して背後からひっそりと忍び寄り、不意打ちによる一撃によって獲物を仕留めるという事は極当たり前に行われます。

つまり、自然界は弱肉強食であり、そしてその弱肉強食の世界において不意打ち・闇討ち・騙し討ちは極当たり前の事です。

という事はつまり、自然主義的な価値観に基づいて物事を考えれば「自然界では不意打ち・闇討ち・騙し討ちが当たり前なのだから人間もそうである方が自然であり、人間だけが例外的に騙し合ってはいけないなどという方が不自然である」という考え方になるためです。

となれば、モンゴル人に詐欺が悪いことだという認識が無いのは当たり前の話です。

もっと言えばモンゴル人の価値観では騙されるのは騙される方が悪いという考え方になります、何故なら自然界は弱肉強食が当たり前だからです。

要するに、この経営者は「そもそも自然とは何か、自然な状態とはどういう状態であるか」という事を自分にとって都合の様に解釈し、「自然」と呼ばれるものの本質が見えていなかったのです。

正しくアインシュタインの言う通り「 常識とは18歳までに身に付けた偏見のコレクションの事を言う」 という言葉の通りです。

国が違えば文化が違う、文化が違えば価値観が違い、価値観が違えば商習慣も違う。

当たり前の話です、しかし、この当たり前の事実をこの自然大好きな経営者は理解できていませんでした。

価値観に幅がなく、広い視野を持てない人間はつまるところこの様な最後を遂げます。

知識に貴賎なし

だから、私は例えそれがどの様な知識であったとしても人に教えないという事は一切しません。

何故なら、先程のモンゴルの例のように、知識というのはそれが何であれ、知らなくて損をすることはあったとしても知っていて損をすることはまずありえないからです。

相互に関連付けられていない独立した知識は実用的に使える知識ではなく単なる雑学です。

知識とは、様々な他の知識と相互に関連付けて初めて深い理解が得られるものです。

だとすれば、当然薬学と言う物の負の側面を学ぶ事は薬学全体の理解を深める助けになります。

故に、弊社のpolicyは『知識の暴食』であり、そしてそれは「例えそれがどの様な種類の知識であったとしても拒まない」という事でもあります。

正規の教育を受けて好奇心を失わない子供がいたら、それは奇跡だ。

これはアインシュタインの言葉です。
私の学習を妨げた唯一のものは、 私が受けた教育である。

これもアインシュタインの言葉であり、そして弊社のキャッチフレーズでもあります。

エジソンなんかは発明の天才ではあったもの性格的には極めて悪かったようで人から嫌われやすい人間だったようです。
ニュートンも似たようなもので、極度の見栄っ張りで自慢話が大好きな困った人です。
アインシュタインなんかも相当な変人で、2回結婚して2回とも失敗しています。
シュレーディンガー博士に至っては小児性犯罪で3回も逮捕歴がある上に、しかも釈放後に記者からインタビューを受けた際に「私はそれでも小さい子を愛することを辞めません!」と堂々と宣言しています。
ヴェルナー・フォン・ブラウンなんかは「宇宙に行くためなら悪魔に魂を売り渡してもよいと思った」という名言を残していますし、しかもそれを有言実行しています。


つまり、天才というのは変人が多く、基本的に人から受け入れられ難いものです。
要するに、弊社が何を言いたいかと言うと弊社にはどんな人間だろうが受け入れられる圧倒的な許容力があるという事です。
能力さえ高ければ他は問わない


それが弊社の基本的な姿勢だと言えます。


私自身はどちらかと言えばGiftedの中では珍しく一般的な感覚や感性を理解できる方であるため、Gftedとそうでない人間との橋渡しが出来るはずです。

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