マッドサイエンス

はじめに

なんでマッドサイエンスなんて扱うの?と思われるかもしれないが、それは天才というのは奇人変人が極めて多いからである。

実際、歴史上の偉人達を調べてみるとものの見事に人格的に問題のある人達ばかりである。

経営理念の項目でも書いたように、天才型の人間には常識が欠落した歪な面がよく目立つ傾向にある。
だが、正直私はその歪さが決して悪い事ではないと考えている

何故かというと科学というのは偶然性によって発展する所が大きいからである。

偉大な発見は偶然によって

例えば、ノーベル医学賞受賞者の下村脩という人物がいる。
この人物はクラゲの研究をしており、クラゲから緑色に発行する細胞の遺伝子情報を解析することに成功し、それを動物実験において癌細胞に緑に発行する遺伝子を組み込み、これによって視覚的に癌細胞が転移していく過程を観測する事に成功したのである

だが、この下村脩という研究者は別に最初から医療目的で研究していたわけではない
ただ純粋にクラゲが大好きでクラゲの研究をしまくっていたらその研究成果が偶然にも医療に応用できる事が発見されただけの事である。

だから、本来科学というのはそういうものであると私は思う。

最近では科学の世界にも資本主義の考え方が侵食してきており、金にならない研究はまるで悪の様に扱われているが、本来研究というものはただひたすらに知的好奇心を満たすものであったはずなのである。

何がどう役に立つかわからない

ゆえに、私は毒物の研究がしたいだとか、毒ガスの作り方に興味があるだとか、女の子を一撃でコロッと落とせる媚薬の製造方法を研究したいだとか、そんな人達が世の中にいても別にいいと思う。

何故なら、薬学という学問は元々は第一次世界大戦における毒ガス研究から始まった学問だからである。
よく一般的に毒と薬は本質的に同じで表裏一体の関係なんて言ったりするが、実際全くその通りで毒物に関する研究が戦争によって著しく進展したことによって皮肉にも人を助けるための薬品の製造ノウハウも飛躍的進歩を遂げたのである。
毒の作り方と薬の作り方は本質的に同じと言ってよい

だから一見するとそれが一体何の役に立つのかまるで分からない意味不明な研究であったとしても、それが後から意外な実用性を見いだされるというのは珍しくもなんとも無いよくある話と言えよう。

だとすれば、そうした一見すると倫理的に問題がありそうに見える研究であったとしても、もしかしたら何かの役に立つかもしれない(正直何の役に立つかはわからないが)。

ズレを受け入れられなければギフテッド教育などできやしない

そして天才型の人間は大抵奇人変人で興味を示す範疇が大抵人とズレている
すると、必然的に凡人からすると倫理的に問題がありそうに見えるような研究に進みがちな傾向がある。

そしてそのズレが正しく科学の発展のためには極めて重要なのである。
だって人と同じ事しか考えないのであれば平凡なアイディアしか思いつけない
ゆえに、奇人で変人で歪であるからこそ科学者としては価値がある

そうであるがゆえに、私はそんな歪な天才達を愛していきたいから特にマッドサイエンスを否定しない。

そんな訳で当サイトでは平然とマッドサイエンスを扱っていく事にする。

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